*admin*entry*file*plugin| 文字サイズ  

一種名状(いっしゅめいじょう)しがたい感覚を受容したとき、
ふだん目にすることのない細部まで見えてきたり、
潜在意識に気づかされることがある。


2020_1003Bluepiece_479.jpg


自分の意思では戻ってくることのできないこの世界で
互いに影響しながら暮らし、生きている人間

白くて大きな光に包まれたその時、
何を映す(写す)のだろう。


2020_1003Bluepiece_090.jpg


エンドロールは、
肩書きや、地位、身分順なのだろうか


2020_1003Bluepiece_097.jpg


苛立ちと敗北感の中で
立ち去ったあの日でもなく

言葉の威力をもって、
感情のままに、ぶつけたあの日でもない


2020_1003Bluepiece_476.jpg


最初の一歩を踏み出し、
岐路(きろ)に立った日でも、

父の姿勢や
出逢いの中で導いてくれた偉人の言葉でもなかった。


2020_1013Bluepiece_091.jpg


仕留めた瞬間に追われる生きモノ。

「食べる」「食べられる」捕食関係の“食物連鎖”で片付けるなら
種の生物を個体数でならべ生態系ピラミットで構成すると、
上位にくるほど、自然環境に依存するため個体数のバランスは崩れ、絶滅や衰退がおきはじめると言われている。

捕食以外でも、
気温、降水量、疫病など、様々な要因で
直接的、間接的な相互(そうご)作用に影響されることや、

地球もまた躍動する中で生きているから
予測できない事態に翻弄(ほんろう)されることもある。

生態系ピラミットの頂点に君臨(くんりん)していた恐竜でさえ、
隕石衝突により滅亡したというのに

地球の誕生は約46億年前、生命が現れてから約38億年、
長い歴史の中で多種多様に進化をとげ、
多くの生命が滅び、その上に成り立つ人間。

人間は智慧(ちえ)を授かり、言葉が生まれ、
文化をつくり、文明がはじまった末に、壊すこともできる種族。

自然選択、人為選択にしろ、
どんな生き方を選択し、終わりある光景に何をのこすのだろう。


2020_1013Bluepiece_082.jpg


制限時間のある中で、
最期に手にした一つ。


2020_1013Bluepiece_085.jpg


足跡が全て消えてしまう前に、理性のもと選択したものは……。

理性(りせい)により、失ってしまうことがあるかもしれない、
理性(りしょう)のもと変わることが無いのかもしれない。

理性(りせい)とは
論理的に物事を考え判断し行動する能力。
真偽、善悪を識別する能力。

理性(りしょう)とは
本来の仏教語で「りしょう」と読ばれ、
「理」は絶対、平等を表し、「性」は変わらない本質。
仏さまの不変の真理という意味。


2020_1013Bluepiece_079.jpg


生と死のサイクル、輪廻(りんね)があるとするなら、
ここは、六道の中で修羅道だろうか


2020_1003Bluepiece_091.jpg


六道とは、死後に生まれ変わる世界とされている。

上から
天道(てんどう):恵まれた世界
人間道(にんげん):人間としての苦
修羅道(しゅら):怒りと争いの絶えない世界
畜生道(ちくしょう):人間以外の生き物として生きる苦
餓鬼道(がき):飢えと渇きの苦
地獄道(じごく):苛酷な罰を受ける苦


2020_1003Bluepiece_093.jpg


生きていること自体、「苦」と捉える仏教の中で、
ブッダは、この輪廻から抜け出し、解脱(げだつ)したと言われている。
煩悩(ぼんのう)から逃れ、安らかな自由を手にしたブッダは、再び生まれ変わることはない。

無宗教だけれど、
受け継がれてきたコトバに耳を澄ます。


2020_1003Bluepiece_092.jpg


永遠に暮らすことのできる極楽浄土(ごくらくじょうど)があるとするなら、
その世にも祈りや尊さは存在するのかな

永遠は退屈だろうから、恣意的(しいてき)な憶測をしてみる。
もしかしたら、下界に降り立ち、
心ののどかさまで失われてしまったモノをみつけては、
生きモノや、書物、歌、芸術、カラーの夢などを通して、輝きを灯しにきているのではないかと。

なぜなら人類が出現したと言われる200万年前に遡(さかのぼ)ることはできなくても、
約3000年の叡智なら、人生に役立つ思考はたくさん受け継がれているから。

この世も、あの世も紙一重で、
ここが本当の極楽浄土なのではないかと、セオリーを無視して膨らませてみたり。


現代に受け継がれている言葉の中から一つ。
孫子:「戦わずして勝つ」
(百戦百勝は善の善たる者に非(あら)ざるなり。戦わずして人の兵を屈するのは善なる者なり。)


本当の永遠とは、不老不死という「欲求」ではなく、
誰かに届いたそのコトバが、心で「生きる」ということなのではないだろうか


2020_1013Bluepiece_096.jpg


バランスのとれなくなった羽で、大きなアップダウンを繰り返し、
踠き(もがき)、羽をパタパタと苦しそうに飛んでいた最期の姿。

ドーパミンに支配され、幸福度は満たされることなく欲求ばかり、ふえていく人間だから
選択の末、何を欲求するのだろう。

欲求とは、マズローの欲求五段階説に、あてはめてみる。

上から
自己実現の欲求:理想の実現
承認欲求:他人からの尊敬
愛情と所属の欲求:集団、仲間
安全の欲求:戦争、病気、天災から逃れるなど、身の安全
生理的欲求:本能の欲求(生物学的には本能という言葉は、現在あまり使われてないらしいけれど)


2020_1013Bluepiece_094.jpg


力尽きたのか、トビらしい飛び方だったのか、羽を動かすことなく、
スーッと高度を下げ、船の影に消えていった。

絶滅とか、意図的なオーバーキルでもない日常で、
刹那(せつな)の中に消えていく多くの命。


2020_1013Bluepiece_095.jpg


白くて大きな光の中に包まれ、とけてしまいそうになったその時、
映し出された光景は……。

「いつか」でなく「いま」、誰かの差し伸べる手を救いあげている途中なら、
その誰かの声や泣き顔に、ふりかえり呼び戻されることが、あるかもしれない。

そんな、こんな、
因果応報(いんがおうほう)では語りつくせないことが、おきるとしたら、
やっぱりここは極楽浄土でもあるのかな?

なんて、こんなクソみたいな世の中だと思ったことのある時代に、
澄んだフィルターをかけ、
理性(りしょう)のもと、美しく眺めてみる。



KiiT


これは、コサギ。
足先が黄色く、くちばしが黒い。


2020_1003Bluepiece_039.jpg


テケテケ、ペタペタ、アオサギの2/3程の大きさ、
足も短い。

コサギは、大人になってもコサギ。
脚の長いアオサギと入れかわることはできない。

アオサギの、まがいものでなく、
コサギを全(まっと)うする。


2020_1003Bluepiece_081.jpg


ペタペタ、バシャバシャ、ジャブジャブ
瀬踏(せぶ)みもせず、突き進む。


2020_1003Bluepiece_056.jpg


獲物を追い出し捕食するために、
水底をパタパタ。


2020_1003Bluepiece_052.jpg


水面にジャブジャブと、顔ごと突き刺す、
数撃てば当たる?


2020_1003Bluepiece_101.jpg


獲物を捕り損ねても、メゲない
肩で風を切って、次の地点へ。

どのコサギも、捕獲スタイルは能動的。
生得的な構造からくるものなのか。


2020_1003Bluepiece_102.jpg


多くの動物は「学習により行動を変えることができる。」と言われており、
その習得は感受期と呼ばれる時期に限られていたり、
感受期が定まっておらず、成長してからも覚えることができる動物がいたりするのだそう。

人だと、生まれつきに崇高な理性が備わっているのか、白紙の心で生まれてくるのか、
どちらにしても、生まれつきの能力と、後天的な能力を鍛えるなら、
黄金の感受期は大切にしたいところ。

大人だったなら、脳や神経は
壊れても別のシナプスやネットワークを強化しインフラ整備すれば、
情報や神経は伝達されるのだとか。


2020_1003Bluepiece_103.jpg


もし、子どもの置かれた環境が不毛だったとしたら、
周りが、限られた時間の感受期にマトを絞ってでも、
どれだけ学習できる環境を整えられるかによって、
後世に受け継がれる未来に、風穴(かざあな)を開けられるのかもしれない。



KiiT


最後に残る痛さは、
空を飛ぶための羽をもぎ取られた気分。


2020_0923Bluepiece_007.jpg


いたたまれない痛さから、
浮き足立つコトバが口から出た。

「ゴミみたい」だと。

そこに照らし出された姿は、
輝いた光がなかったとしても、まだ羽が残っているというのに。


2020_0923Bluepiece_096.jpg


おぼつかない着地点、
筋道は見失わないように。


2020_0912Bluepiece_076.jpg


コレは、ガッチャマン?
杳(よう)とした上にも成り立ち、辿り着いた先で、
振り出しに戻ることがある。


2020_0914Bluepiece_412.jpg


その時、また障碍(しょうがい)の中で、
悦びに変える力は、のこっているのだろうか。


2020_0914Bluepiece_409.jpg


小さなコサギは黄色い足で、ペタペタと歩き回り魚を捕獲する。
アオサギは、じっとその時が来るのを微動だにせず、二本足で立つ。


2020_0914Bluepiece_422.jpg


太陽が沈む寸前になって、
生きモノに光があたりはじめる。

万物の中では、合理的法則にのっとって、
普遍的な正しさがあるというのに。

タラレバを言い出すと、
無駄な時間ばかり過ぎて行く。


2020_0914Bluepiece_423.jpg



その言葉を忘れず…、と、思ったのもつかの間、
数ヶ月後には、同じコトバを使ってしまった自己肯定力のない人間。

その言葉とは、「そんなことを言ってはいけません。
言霊(コトダマ)といわれるように、言葉にある力で本当にそうなってしまいますよ」と。
そんなようなことを言ってくださった気がする。

さりげない優しさと、
取り繕うでもなくピシャリとした言葉。

ヒトでいられる境目は、
そんな、言葉をかけてくれる人たちとの出逢いの中で、
諸行無常(しょぎょうむじょう)、現実世界のあらゆるモノが変化し続け、
永遠でない地球の上に生かされているのかもしれないな。

三度目は、天の神様すら
いなくならないように。



KiiT

空気をつたわってきて、波の音や船のエンジンの音、
休日になると、子供たちが高らかに笑う声が聞こえてくる。

そのあいだに、カモメがカラスより高い声で「カァー」と、ひと声、鳴くと、
群れの中から一羽、飛び立つ。

夕暮れになると、山に帰るのか、
1羽が鳴くと集団で飛びはじめる。


2020_0926Bluepiece_187.jpg


カタチとは、美しさとは、
表象に正解を探してしまう人間。

そもそも、人間とは、
人間らしく生きるとは……。


これも、かもめ。
カラスと同じで“ ゴミ漁りの常習犯”なのだそう。


2020_0926Bluepiece_183.jpg


はじめて見たときの残像が美しかったから、
鋭い目に気づいても、正しく判断できなかったり


見た目の印象で、可愛いとか、優しい心なのだろうかと
誤解をしたまま、勝手な理想を投影。


2020_0926Bluepiece_186.jpg


これも、カモメ。
群れているカモメが真っ黒だったなら、
距離を置き、はじめからトリミング除外にするのかな。


KiiT

生きモノ。
これはトンビ。地元の人たちは「トビ」という。
翼開長、約1.5m


2020_0914Bluepiece_061.jpg


氷の上でも滑っているかのようで、
惰性でなく、流されるでもなく、自由に飛翔する。これもトンビ。

可能性や選択の余地すら少ない世の中で、
平等に与えられた、朝夕の光が届かなかったら、さみしいだろうな。


2020_0914Bluepiece_093.jpg


キラッキラな光景を描けなくても、
ゆっくりと息を吸って、頭の中まで酸素をめぐらせ、
睡眠とって、食事して、疲れたら休息し、
自覚的に生きようと思えば、躓くこともあるだろうけど、
生きるということは、その繰り返しなのだろうか、とか。

これも、それもトンビ。
「トンビ」よく見ないまま、カテゴライズだけして終わらせてしまう人間。


2020_0914Bluepiece_102.jpg


いくつもの季節を超えて築いたラポールや、
確信を与え続けてくれたモノでさえ、
いとも簡単に輪郭を残すことなく崩れ落ち、
根底から揺るがされることがある。かもしれない。

また一つ、
カテゴリーが増えてしまわないように。


2020_0914Bluepiece_062.jpg


振り返ると、一回り小さな子供のトンビ。
遠くからでもはっきりとわかる、くるんっとまん丸な目が、こちらを見てた。

人だったなら、まっすぐな視線の先にいるのは、
他には成り替われない存在。


2020_0825Bluepiece_076_20201009002248a9f.jpg


本の中にいるあの鳥は、
もう一度、最後に空を見上げた時
灼けてしまいそうなぐらい大きな太陽みたいな星のもとに、
近づいていたなら嬉しいだろうかな。



ある人が「形式的なもの」だと言った。
たしかに、そう思えたけど、今はそうとは思わない。


2020_0820Bluepiece_009.jpg


カメラの鞄は、開けることなく助手席に置いたまま、
海の見える場所で、車を走らせる練習からはじめた


2020_0820Bluepiece_011.jpg


汚れていたのは、フィルターだったと、嘘でも肯定できていたなら、
その道は続いていたのかもしれない、だったかな


2020_0820Bluepiece_015.jpg


嫌いになってしまった夏の終わり、
遮断した中で、それでも探してみたけど、
もう、二度と同じ光を見つけることは、できなかった。


2020_0820Bluepiece_016.jpg


また海風が心地よく、磯の香りと通り過ぎていく、
せめて記憶だけでも、美しかったあの頃に、運んでくれたらいいのにな。



----
どこから書いていいのやら、
人生に一度、あるか、ないような事が立て続けに起きて、
まだ腕の神経はもとに戻らないけど、短い時間なら、
長いレンズも、ほぼ手ブレしないで撮れるようになった。
とは言ってもシャッタースピードのある時間までだけど。

身体が動かせず、言葉が出せなかったとき、多くのことを学んだ。
本当に伝えたいことは、伝えられなくなってから、たくさん溢れてくるんだと知った。
たまたま、運良くこっちの世界へもどれたから、拙くても少しずつ書いてみよう。


KiiT

人物と料理撮影が得意な関西在住のフリーカメラマン。 ☆好きな事☆ 写真を撮る。海で『ぼーっ』と釣れない魚釣り、ねこ武蔵とお昼寝。ビール、豆腐。りんご。氷。グリコのプッチンプリン。 ☆Facebook☆☆Twitter☆ やってません。ごめんなさい。 始めたらこちらのブログでお知らせします。
プルダウン 降順 昇順 年別

09月 | 2020年10月 | 11月
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31


こちらからお名前で検索できます♪

-天気予報コム- -FC2-

名前:
メール:
件名:
本文: