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これは、コサギ。
足先が黄色く、くちばしが黒い。


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テケテケ、ペタペタ、アオサギの2/3程の大きさ、
足も短い。

コサギは、大人になってもコサギ。
脚の長いアオサギと入れかわることはできない。

アオサギの、まがいものでなく、
コサギを全(まっと)うする。


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ペタペタ、バシャバシャ、ジャブジャブ
瀬踏(せぶ)みもせず、突き進む。


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獲物を追い出し捕食するために、
水底をパタパタ。


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水面にジャブジャブと、顔ごと突き刺す、
数撃てば当たる?


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獲物を捕り損ねても、メゲない
肩で風を切って、次の地点へ。

どのコサギも、捕獲スタイルは能動的。
生得的な構造からくるものなのか。


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多くの動物は「学習により行動を変えることができる。」と言われており、
その習得は感受期と呼ばれる時期に限られていたり、
感受期が定まっておらず、成長してからも覚えることができる動物がいたりするのだそう。

人だと、生まれつきに崇高な理性が備わっているのか、白紙の心で生まれてくるのか、
どちらにしても、生まれつきの能力と、後天的な能力を鍛えるなら、
黄金の感受期は大切にしたいところ。

大人だったなら、脳や神経は
壊れても別のシナプスやネットワークを強化しインフラ整備すれば、
情報や神経は伝達されるのだとか。


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もし、子どもの置かれた環境が不毛だったとしたら、
周りが、限られた時間の感受期にマトを絞ってでも、
どれだけ学習できる環境を整えられるかによって、
後世に受け継がれる未来に、風穴(かざあな)を開けられるのかもしれない。



KiiT


最後に残る痛さは、
空を飛ぶための羽をもぎ取られた気分。


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いたたまれない痛さから、
浮き足立つコトバが口から出た。

「ゴミみたい」だと。

そこに照らし出された姿は、
輝いた光がなかったとしても、まだ羽が残っているというのに。


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おぼつかない着地点、
筋道は見失わないように。


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コレは、ガッチャマン?
杳(よう)とした上にも成り立ち、辿り着いた先で、
振り出しに戻ることがある。


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その時、また障碍(しょうがい)の中で、
悦びに変える力は、のこっているのだろうか。


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小さなコサギは黄色い足で、ペタペタと歩き回り魚を捕獲する。
アオサギは、じっとその時が来るのを微動だにせず、二本足で立つ。


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太陽が沈む寸前になって、
生きモノに光があたりはじめる。

万物の中では、合理的法則にのっとって、
普遍的な正しさがあるというのに。

タラレバを言い出すと、
無駄な時間ばかり過ぎて行く。


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その言葉を忘れず…、と、思ったのもつかの間、
数ヶ月後には、同じコトバを使ってしまった自己肯定力のない人間。

その言葉とは、「そんなことを言ってはいけません。
言霊(コトダマ)といわれるように、言葉にある力で本当にそうなってしまいますよ」と。
そんなようなことを言ってくださった気がする。

さりげない優しさと、
取り繕うでもなくピシャリとした言葉。

ヒトでいられる境目は、
そんな、言葉をかけてくれる人たちとの出逢いの中で、
諸行無常(しょぎょうむじょう)、現実世界のあらゆるモノが変化し続け、
永遠でない地球の上に生かされているのかもしれないな。

三度目は、天の神様すら
いなくならないように。



KiiT

空気をつたわってきて、波の音や船のエンジンの音、
休日になると、子供たちが高らかに笑う声が聞こえてくる。

そのあいだに、カモメがカラスより高い声で「カァー」と、ひと声、鳴くと、
群れの中から一羽、飛び立つ。

夕暮れになると、山に帰るのか、
1羽が鳴くと集団で飛びはじめる。


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カタチとは、美しさとは、
表象に正解を探してしまう人間。

そもそも、人間とは、
人間らしく生きるとは……。


これも、かもめ。
カラスと同じで“ ゴミ漁りの常習犯”なのだそう。


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はじめて見たときの残像が美しかったから、
鋭い目に気づいても、正しく判断できなかったり


見た目の印象で、可愛いとか、優しい心なのだろうかと
誤解をしたまま、勝手な理想を投影。


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これも、カモメ。
群れているカモメが真っ黒だったなら、
距離を置き、はじめからトリミング除外にするのかな。


KiiT

生きモノ。
これはトンビ。地元の人たちは「トビ」という。
翼開長、約1.5m


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氷の上でも滑っているかのようで、
惰性でなく、流されるでもなく、自由に飛翔する。これもトンビ。

可能性や選択の余地すら少ない世の中で、
平等に与えられた、朝夕の光が届かなかったら、さみしいだろうな。


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キラッキラな光景を描けなくても、
ゆっくりと息を吸って、頭の中まで酸素をめぐらせ、
睡眠とって、食事して、疲れたら休息し、
自覚的に生きようと思えば、躓くこともあるだろうけど、
生きるということは、その繰り返しなのだろうか、とか。

これも、それもトンビ。
「トンビ」よく見ないまま、カテゴライズだけして終わらせてしまう人間。


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いくつもの季節を超えて築いたラポールや、
確信を与え続けてくれたモノでさえ、
いとも簡単に輪郭を残すことなく崩れ落ち、
根底から揺るがされることがある。かもしれない。

また一つ、
カテゴリーが増えてしまわないように。


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振り返ると、一回り小さな子供のトンビ。
遠くからでもはっきりとわかる、くるんっとまん丸な目が、こちらを見てた。

人だったなら、まっすぐな視線の先にいるのは、
他には成り替われない存在。


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本の中にいるあの鳥は、
もう一度、最後に空を見上げた時
灼けてしまいそうなぐらい大きな太陽みたいな星のもとに、
近づいていたなら嬉しいだろうかな。



ある人が「形式的なもの」だと言った。
たしかに、そう思えたけど、今はそうとは思わない。


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カメラの鞄は、開けることなく助手席に置いたまま、
海の見える場所で、車を走らせる練習からはじめた


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汚れていたのは、フィルターだったと、嘘でも肯定できていたなら、
その道は続いていたのかもしれない、だったかな


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嫌いになってしまった夏の終わり、
遮断した中で、それでも探してみたけど、
もう、二度と同じ光を見つけることは、できなかった。


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また海風が心地よく、磯の香りと通り過ぎていく、
せめて記憶だけでも、美しかったあの頃に、運んでくれたらいいのにな。



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どこから書いていいのやら、
人生に一度、あるか、ないような事が立て続けに起きて、
まだ腕の神経はもとに戻らないけど、短い時間なら、
長いレンズも、ほぼ手ブレしないで撮れるようになった。
とは言ってもシャッタースピードのある時間までだけど。

身体が動かせず、言葉が出せなかったとき、多くのことを学んだ。
本当に伝えたいことは、伝えられなくなってから、たくさん溢れてくるんだと知った。
たまたま、運良くこっちの世界へもどれたから、拙くても少しずつ書いてみよう。


KiiT

人物と料理撮影が得意な関西在住のフリーカメラマン。 ☆好きな事☆ 写真を撮る。海で『ぼーっ』と釣れない魚釣り、ねこ武蔵とお昼寝。ビール、豆腐。りんご。氷。グリコのプッチンプリン。 ☆Facebook☆☆Twitter☆ やってません。ごめんなさい。 始めたらこちらのブログでお知らせします。
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