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理由はいくつかあったけど
キレイな光を探していた。

見上げた先は、それはそれは美しく光り輝いていて、
上へ行くほど、神々しい光が待っているのだと、

魔物ですら浄化し
偽物でさえ、本物に変えてしまう、
相対的ではない、何かが待っていると信じていた。

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光に近づくほど、濁った影に色彩をつけ、パブロフの犬にもなれず、
理想と現実との狭間(さま)で、ただ、たゆたう。

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兎角(とかく)、遠い昔へ辿り、
おざなりに、コトバをトリミングしたところで「すべからず」しか、見つけられず

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長くて暗いトンネルの果ては、
太陽の光が照り返し、目をあけることすらできないというのに、

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論理一辺倒(ろんりいっぺんとう)に導かれた先で
何を追いかけ、何に惜しみがかかり、何にホコリをつけたのだろう。

足元は、光とは程遠く、
「湿った」といえば、哀れみの心が生まれ、
「潤った」といえば、満ちた気になり、
「洗われた」といえば、清らかで、
「足跡」というと、汚れて見え、
「足音」と、音に乗せて見たら………。

まだ見たコトのない世界へ辿り着けそうな、そんな気がした………。

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「得(え)も言われぬ想い」と「無知の知」だけを持って
棚上げしたモノを拾いに………。

わずかに残っていた根拠のない自信も、審美眼も役に立たず、
お隠れする安全地帯すら、あったもんじゃない。

高みを目指す力もつき、レンズの中へ逃げることも許されず、
得意とする飢えた心をエネルギーに変える力すら、もう意味を成すことは、なかった。

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絶対的に排除するモノを一瞬で識別し、見誤まったりしない……。と、
何モノかを、排除したところで、似たり寄ったりの景色を繰り返すばかり、

何を見極め、何を理解できたのだろう、
諦めにも近い脱力感。

このやっかいな私を連れて、もう少し先へ突きすすめてみる……。

方向感覚を見失う深い闇の中、
身も世もない、想いだけがのこった。

頭の中は、瑣末(さまつ)なコトバで、
ひどく散らかった。

腑に落ちるコトバへと、変換する間も無く溢れては、残像を残すことなく消え、
また、とめどもなく溢れた。

舵をきることもできず、
自分の身を滅ぼしかねない勢いで。

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地磁気(ちじき)に影響され、生かされている生きモノだから、
どこかへと導いてくれないかと、まだ性懲(しょうこ)りも無く、恩恵だけを願う生きモノ

どこかでみた神様の物語の結末は、どうだったかと気になった。
たしか、救いとは程遠く………。

人間の本質を重ねてみたら、
「神様」という、カテゴリーとは違う、儚い輪郭が現れた。

対照的に、そのまわりにある光の収差は、ゆるぎなく、
白からはじまり、緑、赤の順で、放射線状に、内から外へ向かって、伸びたり、縮んだり、

幾何学(きかがく)的な光は、
どこか、懐かしく………。

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来(こ)し方、行く末を導くような光の前で、
もう、どこにもいきたい場所が、ない、ということを教えられる。

「私が」私を置いていくのを気づいた。

消えてしまいたい、ということでなく、
おざなりに生きる、でもなく、
生まれたての子鹿が地球の重力に負けて力つきる。でもなく、
遺伝子の配達でもなく、

地球と同化し生きる。なのか、
生きる不自由さから解放されていく。なのか、

万物の法則の中では、………。
「空(くう)」なのか、「切なさ」、「無(む)」のような、
「あたたかい」「つめたい」でもなく、そこには、何もなかった。


「私が」私を置いていく。


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生まれたての無垢(むく)な青と、
冷たい影の中にも、青をみつけた。

「青」って、「青」の文字が別のモノに見えたから、定義された中で「青色」を探してみた。

紺色(こんいろ)、浅葱色(あさぎいろ)、白藍(しらあい)、群青(ぐんじょう)、藍色(あいいろ)、
縹色(薄い藍色は、はなだいろ)、褐色(かっしょくと書いて、かちんいろ)、
納戸色(みどりみのかかった、なんどいろ)、
シアン、ネイビー、アクアマリン、コバルトブルー、インディゴブルー、
セルリアンブルー、サックスブルー、ラピスラズリ、エジプシャンブルー、ミッドナイトブルー、

それから、それから……。

ホライズンブルー
海色、空色、地球色

知っているようで、知らない青色……。

「青色……。」

けど、その、どの色も当てはまらず、
それを「虹色」と、片付けてみた。

優しく、足元まで流れてきた波の上に、
コトバの一雫(ひとしずく)、溶けさせてもらった。

その一雫ぶんのかわりに、
「明鏡止水(めいきょうしすい)」と、言っていいような心が生まれ、身体の端っこまで浸透していく。

高度な働きをしない私の頭で、創造してみる。

未来では、フェークやイミテーションが大切に磨かれ、
レプリカが本物と見分けのつかないくらい輝き、
コピーや猿真似たちも重宝され、そんな、まがい物たちが、
一斉に輝きはじめる世なら、面白いだろうかな。

本物ではないから、無理をしたら壊れてしまうかもしれない、
少しずつ、いろんな人の手によって、磨いたり、メンテナンスし、長い時間をかけて輝かせる。

けれど、決して、
ダミーにはなりませんように。


遠い未来に残せる輝きを創造してみる。





こんがらがったあとは

氣もちを込めて、ひとつ、ひとつ、再構築

ほん氣で

やる氣になったら

げん氣がでてきて

その氣になったら

清らかな氣が流れてきた。

たくさん交差し、流れていた。

もし未来が現実を裏切るようなことがあったとしても

あたらしい明日に “氣” をつなぎ、想像してみる。



K i i T




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今日は、クリスマスだから、11枚の写真と文字を贈ります。
すべての人へ、優しい光が届きますように。

「生まれてきてくれて本当にありがとう。」

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この世に君が姿を現したとき、たくさんの人に見守られ、
涙を流して祝福した人が、いたことを忘れないでください。

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君が生まれた時と同じ頃、隣の部屋では壮絶な叫び声が、何時間も響き渡り、
母と子が再会することなく命途絶えた事実があったということを。

この世に君が生まれてきたのは、多くの奇跡を受け継ぎ、
誕生したということを知っていてください。

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小学生になったら、泣いたり、笑ったり、好きなこと、嫌いなこと、わがままも、
力いっぱいに向き合って、小さな答えを探しながら生きてください。

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中学生になって、感情を抑えられなくなったり、どうしようもない苛立ちを覚えたとき、
少しだけ外にあるつながりに気づいてください。

この街で生まれ、この街で育った君が、
今までに出逢ったモノやコトに目を向けてください。

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高校生になったら、将来のことを真剣に悩むときがくるでしょう。
成り行きや、他人のせい、環境のせいでもなく、
それが正しいのか間違っているのか、心の奥に問いかけてください。

もし、高校生を途中でやめなければいけない環境になってしまったり、
自分を諦めてしまいたくなることが、あったとしたら、
それは、長い人生の中で、たった一年〜三年のことです。

今日より明日がよくなるよう、誰かに媚びず、
自分自身のプロデュースを諦めないでください。

目先のことに囚われず、大切に育ててあげてください。
どうせなら、未来を鮮やかに描いてください。

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大学では、外から見つめる自分に出逢うでしょう。
叱咤激励を受けることもあるかもしれません。

嬉しい時だけでなく、苦しい時にも君の近くで、一緒に悲しみをわかちあえる友だちがいたなら、
きっと、生涯かけがえのない親友になるでしょう。

もし、すでに社会人になっていたとしたら(なる)君だったとしたら、
これから先、たくさんの人に出逢います。

いい人も、悪い人も。たくさん出逢います。
その中で上手く泳げず、切なくなることがあるかもしれません。
それでも、新しい未来を楽しみにしていてください。

目の前で通り過ぎかけた光を掴めますように、諦めないでください。
その光を掴むための法則は、たった一つ「常に備えよ」。

幸運を導くセレンディピティーの足音は、すぐそこまで来ているかもしれません。

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社会人になったら、もう一人立ちです。好きな目標に向かって歩いてください。
人には最大限の誠意をもって向き合ってください。

「誠意」に対し、双方の捉え方に落差が生じるとき、
献身的な行動や作業的なだけでは、儀礼的(ぎれいてき)に陥る場合もあります。
相手の気持ちを「諮った(はかった)」結末は、予測できません。

「誠意」とは、真心です。
もし、世の中のことや、周りのでき事に失望することがあったなら、物事を広く深く捉え、
意思をもって選択し、立ち向かう強さをもってください。

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三十代を過ぎる頃、仕事では努力の差がわかる時がくるかもしれません。
人の生き方や自分の生き方をもう一度、見つめなおし少し立ちどまることも大切です。

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いくつになっても、誤魔化さないで、
その時、その出逢い、その瞬間を大切にしてください。

今日から、好奇心いっぱいになるような、
本物と出逢う旅が、はじまるかもしれません。

欲をいうなら素敵な恩師に出逢い、好きな夢を見ることができ、
素晴らしい生活が得られることを望みますが、全ては与えられないかもしれません。
けれど、幸せになるための努力を惜しまず続けられる人になってください。

素晴らしい生活とは、傲慢になることや贅沢や快楽では、欲求を満たされることはありません。
本当に「素晴らしい」とは、を考え、
全ての人に与えられた「しあわせ」になる権利を放棄しないでください。

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大人になって、あと少しの勇気と、強さを願ったとき、
地平線の先に、まだ出逢えてない人々や、すでに出逢えた人達がいることを忘れないでください。

それでも、もし、溢れた心を受け止められなくなることがあったなら、教えてください。
地球の中では、自然が広がり、風が流れ、空には澄みきった青空と優しい月明かりが、
君のそばで、いつも一緒にいることを、思い出してください。

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大きくなった君が、あの頃のように力いっぱいに生きて、
人を信じることができ、自分のことも大切にできる人で、ありますように願います。


KiiT



写真は、記憶が薄れているほど遠い昔に撮影したもの。
文字は、写真を通した出逢いの中で、教えていただいた言葉をカタチにしたもの。
『KiraKiRa Child × つながり食堂』



遅くなったけど、Blue moon

夜空に優しく光るお月様は地球の周りを回る地球の衛星で
地球は太陽の周りを回る惑星の一つ。

ジャイアント・インパクト説(地球がうまれて間もなく天体が衝突し、地球から月が生まれたとされる)が、
正しいならお月様は地球の子ども


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2020年10月1日 中秋の名月(十五夜)
月を祀り豊作を祈願する日

新暦では9月中旬から10月上旬の満月の日を中秋の名月
秋分(9月22日)より前の一番近い朔(さく)の日(新月の日:9月17日)を旧暦の8月1日とし、15日目。
今年は閏(うるう)4月が入るため、9月でなく10月1日。(正確には10月2日の朝に満月となる)

まんまるに見えていたお月様は楕円だから、
少し遠回りする日もいれて、約29.53日(29.27〜29.84日)で一周。

新月から新月(満月から満月)までを朔望月(さくぼうげつ)といい、
新月:朔(さく)上弦(じょうげん):新月から満月までの半月満月:望(もち)下弦(かげん):満月のあとの半月
地球を焦点に公転し、満ち欠けを繰り返している。

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10月1日 少し欠けたお月様

子どもの頃、それがウサギにしか見えなくなっていた。
大人になったら、先入観なく知覚しているようで、
帰(き)するところ、体裁を整えただけで満足してしまう。

地球の約1/4(直径約3470km)の大きさ
中心から少し左下には、直径93km、コペルニクスというクレータが見える。


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10月2日 満月
レンズを通せば、虹色の光。


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10月29日 十三夜のお月様

日の出と違って、出る位置が予測しにくく、
あっというまに雲の中に隠れてしまったら泣いているように見えた。


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お月様と雲から映し出されたモノは……。

歴史上で、戦場地だとされるこの地から、
鉱石ラジオみたいに受信したとしても、不思議ではない。

お月様の右下に現れたモノと交信したところで、
士気高揚(しきこうよう)とした目でなく……。“敗軍の将は兵を語らず”?

磁力で動く振り子のように、
互いに違う領域で築き上げた世界を共鳴し、心をつなぐことができたなら、きっと……。

嫌悪の返報性(へんぽうせい)もあるかもしれないけど、
決して、いつか見た、爬虫類のような、
ヒトでなくなった目だけには、近づかず飲み込まれませんように。


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10月31日 満月

暗黒星雲は光をさえぎるけれど、
やがて星が誕生する。といわれている。

暗闇の中で切迫し、立ち尽くしていたなら、
ステージの先にある物語に、脚光が訪れますように。パシャ 

Blue moonを見ることができたなら、良いことが訪れるのだとか、
“ひと月に満月が2度ある.めずらしいことから近年は「ブルームーン」とよばれている.(天文年鑑より)”


KiiT



一種名状(いっしゅめいじょう)しがたい感覚を受容したとき、
ふだん目にすることのない細部まで見えてきたり、
潜在意識に気づかされることがある。


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自分の意思では戻ってくることのできないこの世界で
互いに影響しながら暮らし、生きている人間

白くて大きな光に包まれたその時、
何を映す(写す)のだろう。


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エンドロールは、
肩書きや、地位、身分順なのだろうか


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苛立ちと敗北感の中で
立ち去ったあの日でもなく

言葉の威力をもって、
感情のままに、ぶつけたあの日でもない


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最初の一歩を踏み出し、
岐路(きろ)に立った日でも、

父の姿勢や
出逢いの中で導いてくれた偉人の言葉でもなかった。


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仕留めた瞬間に追われる生きモノ。

「食べる」「食べられる」捕食関係の“食物連鎖”で片付けるなら
種の生物を個体数でならべ生態系ピラミットで構成すると、
上位にくるほど、自然環境に依存するため個体数のバランスは崩れ、絶滅や衰退がおきはじめると言われている。

捕食以外でも、
気温、降水量、疫病など、様々な要因で
直接的、間接的な相互(そうご)作用に影響されることや、

地球もまた躍動する中で生きているから
予測できない事態に翻弄(ほんろう)されることもある。

生態系ピラミットの頂点に君臨(くんりん)していた恐竜でさえ、
隕石衝突により滅亡したというのに

地球の誕生は約46億年前、生命が現れてから約38億年、
長い歴史の中で多種多様に進化をとげ、
多くの生命が滅び、その上に成り立つ人間。

人間は智慧(ちえ)を授かり、言葉が生まれ、
文化をつくり、文明がはじまった末に、壊すこともできる種族。

自然選択、人為選択にしろ、
どんな生き方を選択し、終わりある光景に何をのこすのだろう。


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制限時間のある中で、
最期に手にした一つ。


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足跡が全て消えてしまう前に、理性のもと選択したものは……。

理性(りせい)により、失ってしまうことがあるかもしれない、
理性(りしょう)のもと変わることが無いのかもしれない。

理性(りせい)とは
論理的に物事を考え判断し行動する能力。
真偽、善悪を識別する能力。

理性(りしょう)とは
本来の仏教語で「りしょう」と読ばれ、
「理」は絶対、平等を表し、「性」は変わらない本質。
仏さまの不変の真理という意味。


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生と死のサイクル、輪廻(りんね)があるとするなら、
ここは、六道の中で修羅道だろうか


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六道とは、死後に生まれ変わる世界とされている。

上から
天道(てんどう):恵まれた世界
人間道(にんげん):人間としての苦
修羅道(しゅら):怒りと争いの絶えない世界
畜生道(ちくしょう):人間以外の生き物として生きる苦
餓鬼道(がき):飢えと渇きの苦
地獄道(じごく):苛酷な罰を受ける苦


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生きていること自体、「苦」と捉える仏教の中で、
ブッダは、この輪廻から抜け出し、解脱(げだつ)したと言われている。
煩悩(ぼんのう)から逃れ、安らかな自由を手にしたブッダは、再び生まれ変わることはない。

無宗教だけれど、
受け継がれてきたコトバに耳を澄ます。


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永遠に暮らすことのできる極楽浄土(ごくらくじょうど)があるとするなら、
その世にも祈りや尊さは存在するのかな

永遠は退屈だろうから、恣意的(しいてき)な憶測をしてみる。
もしかしたら、下界に降り立ち、
心ののどかさまで失われてしまったモノをみつけては、
生きモノや、書物、歌、芸術、カラーの夢などを通して、輝きを灯しにきているのではないかと。

なぜなら人類が出現したと言われる200万年前に遡(さかのぼ)ることはできなくても、
約3000年の叡智なら、人生に役立つ思考はたくさん受け継がれているから。

この世も、あの世も紙一重で、
ここが本当の極楽浄土なのではないかと、セオリーを無視して膨らませてみたり。


現代に受け継がれている言葉の中から一つ。
孫子:「戦わずして勝つ」
(百戦百勝は善の善たる者に非(あら)ざるなり。戦わずして人の兵を屈するのは善なる者なり。)


本当の永遠とは、不老不死という「欲求」ではなく、
誰かに届いたそのコトバが、心で「生きる」ということなのではないだろうか


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バランスのとれなくなった羽で、大きなアップダウンを繰り返し、
踠き(もがき)、羽をパタパタと苦しそうに飛んでいた最期の姿。

ドーパミンに支配され、幸福度は満たされることなく欲求ばかり、ふえていく人間だから
選択の末、何を欲求するのだろう。

欲求とは、マズローの欲求五段階説に、あてはめてみる。

上から
自己実現の欲求:理想の実現
承認欲求:他人からの尊敬
愛情と所属の欲求:集団、仲間
安全の欲求:戦争、病気、天災から逃れるなど、身の安全
生理的欲求:本能の欲求(生物学的には本能という言葉は、現在あまり使われてないらしいけれど)


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力尽きたのか、トビらしい飛び方だったのか、羽を動かすことなく、
スーッと高度を下げ、船の影に消えていった。

絶滅とか、意図的なオーバーキルでもない日常で、
刹那(せつな)の中に消えていく多くの命。


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白くて大きな光の中に包まれ、とけてしまいそうになったその時、
映し出された光景は……。

「いつか」でなく「いま」、誰かの差し伸べる手を救いあげている途中なら、
その誰かの声や泣き顔に、ふりかえり呼び戻されることが、あるかもしれない。

そんな、こんな、
因果応報(いんがおうほう)では語りつくせないことが、おきるとしたら、
やっぱりここは極楽浄土でもあるのかな?

なんて、こんなクソみたいな世の中だと思ったことのある時代に、
澄んだフィルターをかけ、
理性(りしょう)のもと、美しく眺めてみる。



KiiT


これは、コサギ。
足先が黄色く、くちばしが黒い。


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テケテケ、ペタペタ、アオサギの2/3程の大きさ、
足も短い。

コサギは、大人になってもコサギ。
脚の長いアオサギと入れかわることはできない。

アオサギの、まがいものでなく、
コサギを全(まっと)うする。


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ペタペタ、バシャバシャ、ジャブジャブ
瀬踏(せぶ)みもせず、突き進む。


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獲物を追い出し捕食するために、
水底をパタパタ。


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水面にジャブジャブと、顔ごと突き刺す、
数撃てば当たる?


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獲物を捕り損ねても、メゲない
肩で風を切って、次の地点へ。

どのコサギも、捕獲スタイルは能動的。
生得的な構造からくるものなのか。


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多くの動物は「学習により行動を変えることができる。」と言われており、
その習得は感受期と呼ばれる時期に限られていたり、
感受期が定まっておらず、成長してからも覚えることができる動物がいたりするのだそう。

人だと、生まれつきに崇高な理性が備わっているのか、白紙の心で生まれてくるのか、
どちらにしても、生まれつきの能力と、後天的な能力を鍛えるなら、
黄金の感受期は大切にしたいところ。

大人だったなら、脳や神経は
壊れても別のシナプスやネットワークを強化しインフラ整備すれば、
情報や神経は伝達されるのだとか。


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もし、子どもの置かれた環境が不毛だったとしたら、
周りが、限られた時間の感受期にマトを絞ってでも、
どれだけ学習できる環境を整えられるかによって、
後世に受け継がれる未来に、風穴(かざあな)を開けられるのかもしれない。



KiiT


最後に残る痛さは、
空を飛ぶための羽をもぎ取られた気分。


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いたたまれない痛さから、
浮き足立つコトバが口から出た。

「ゴミみたい」だと。

そこに照らし出された姿は、
輝いた光がなかったとしても、まだ羽が残っているというのに。


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おぼつかない着地点、
筋道は見失わないように。


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コレは、ガッチャマン?
杳(よう)とした上にも成り立ち、辿り着いた先で、
振り出しに戻ることがある。


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その時、また障碍(しょうがい)の中で、
悦びに変える力は、のこっているのだろうか。


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小さなコサギは黄色い足で、ペタペタと歩き回り魚を捕獲する。
アオサギは、じっとその時が来るのを微動だにせず、二本足で立つ。


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太陽が沈む寸前になって、
生きモノに光があたりはじめる。

万物の中では、合理的法則にのっとって、
普遍的な正しさがあるというのに。

タラレバを言い出すと、
無駄な時間ばかり過ぎて行く。


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その言葉を忘れず…、と、思ったのもつかの間、
数ヶ月後には、同じコトバを使ってしまった自己肯定力のない人間。

その言葉とは、「そんなことを言ってはいけません。
言霊(コトダマ)といわれるように、言葉にある力で本当にそうなってしまいますよ」と。
そんなようなことを言ってくださった気がする。

さりげない優しさと、
取り繕うでもなくピシャリとした言葉。

ヒトでいられる境目は、
そんな、言葉をかけてくれる人たちとの出逢いの中で、
諸行無常(しょぎょうむじょう)、現実世界のあらゆるモノが変化し続け、
永遠でない地球の上に生かされているのかもしれないな。

三度目は、天の神様すら
いなくならないように。



KiiT

人物と料理撮影が得意な関西在住のフリーカメラマン。 ☆好きな事☆ 写真を撮る。海で『ぼーっ』と釣れない魚釣り、ねこ武蔵とお昼寝。ビール、豆腐。りんご。氷。グリコのプッチンプリン。 ☆Facebook☆☆Twitter☆ やってません。ごめんなさい。 始めたらこちらのブログでお知らせします。
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